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1、 東日本大震災で問われた7つのポイント |
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災害想定・経験・マニュアルにとらわれないこと。 |
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災害対策・行動の優先順位は、緊急度・重要度・結果の重大性を考えて決定する。 |
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役割(責任)を家庭・企業・地域・行政がそれぞれ分担することが大切で、例えば食料ついては家庭では3〜7日分を備蓄すればよい。現在行政が行っている食糧備蓄は3年の期限が過ぎれば廃棄されている。ナンセンスでないか。 |
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(4) |
有事には人の行動・心理に先入観が左右される。(津波は3m以上は来ない。(電柱にここまで津波が来ると表示。実際にはそれをはるかに超えた津波が来た。 |
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図上での検討・演習・実動訓練により平素から危機管理対応力を身につけておく。また、家族間で防災会議をしておく。見ているようで見ていないもの。駐車禁止マークは右下がりか、左下がりか。NOを図案化したもの。 |
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(6) |
防災リテラシー(防災隣組・安否確認テーム)で近助の精神を培う。防災リテラシーとは、洪水など大きな災害に
あったときに、どのように行動すればよいかあらかじめ対策しておくことを言います。例えば、障害者避難誘導など。最近はプライバシーを必要以上に重視することから、自治会などの隣組組織の機能低下がみられるがより良い近隣関係を構築していくとこれが、ゴミの出し方でのトラブルの解消や防災・防犯に大いに役立つことが実証されています。 |
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市民の義務
被害者にはならない。
加害者にならない。
傍観者にならない。
元気なうちは守る人。そして加齢とともに守られる人。 |
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2、 人類初の「広域複合大災害」 |
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(1) |
巨大地震・津波・原発事故・火災・液状化・地盤沈下。この様な未曾有の災害に直面して改めて、日本人の規則・折り目正さ、助け合う姿、忍耐強さは素晴らしいものと世界でも賞賛された。 |
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(2) |
人・建物・社会全体が流された。 |
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(3) |
明暗を分けた「エキスパートエラー」経験・知識の逆効果。指定避難所に逃げれば安心。津波は想定されていた高さ2〜5メートル以上は来ない。この様な正常と思われていた思い込みが迅速な避難を妨げた。陸前高田市ではチリ地震で4mの津波であったが、今回は7mの津波が来た。 |
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(4) |
凍りつき症候群。咄嗟の場合に「緊急事態」のスイッチが入らない。 |
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災害時要援護者避難のための一時避難所が流された。 |
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阪神淡路大震災と異なる揺れ方。強い揺れが永く続いた。地震学者・専門家の言うことはあてにならない。(関東大震災69年周期説) |
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「大川小学校」に悲劇
山村氏のコメント
陸前高田市では、指定避難所68ケ所のうち35カ所が浸水した。
石巻市大川小学校では教頭が山に逃げるべきと主張したが、区長が三角地で良いと言ったので三角地に避難し、生徒108人中70人犠牲、教職員11人中10人犠牲となってしまった。
※別の記事によれば、大川小学校では校庭に(一時避難所)30分間避難していた。
釜石市鵜住居小学校では「走って逃げ」全員助かる。
「避難3原則」守り抜いた釜石の奇跡、防災教育で児童生徒無事
高台に避難する釜石東中生と鵜住居小学生ら。約10分後、小中学校とも津波にのまれた=3月11日、岩手県釜石市(住民撮影)
背後を気にしながら高台を目指す子供たち。小学生は、中学生に手をひかれている。これは東日本大震災の大津波から避難する岩手県釜石市の鵜住居小学校(361人)、釜石東中学校(222人)の避難の様子を、住民が撮影した貴重な写真だ。釜石市内の児童・生徒はほぼ全員が無事に逃げ延びた。「釜石の奇跡」といわれる避難はどのように行われたのか。南海地震の大津波に備える西日本にとって学ぶべきことは多い。
原則1「想定、とらわれるな」
海岸からわずか約1キロの鵜住居小では地震直後、校舎3階に児童が集まった。地震では建物自体は被害がなかったことや浸水想定区域外だったのが理由だった。海岸から近いにもかかわらず浸水想定区域外だったのは、明治、昭和の津波で被害がなかったからだ。
しかし、児童が3階に集まり始めたころ、隣接する釜石東中では生徒は校庭に駆け出していた。校内放送は停電のため使えなかったが、これを見た児童たちは日頃の同中との合同訓練を思い出して自らの判断で校庭に駆け出した。
児童・生徒ら約600人は、500メートル後方にある高台のグループホームまで避難。ここも指定避難場所だったが一息つく間もなく、裏側の崖が崩れるのを目撃する。危険を感じて児童生徒はさらに約500メートル先の高台にある介護福祉施設を目指した。その約30秒後、グループホームは津波にのまれた。
原則2「最善を尽くせ」
背後から聞こえる轟音と防潮堤にぶつかる白い波しぶきを見た児童・生徒はたどり着いた介護福祉施設からさらに高台へ駆けた。写真はまさにこの時の様子だ。津波は介護福祉施設の約100メートル手前で止まった。すべてが避難開始から10分足らずの出来事だった。
「間一髪で小学生全員が津波に巻き込まれるところだった」と、釜石市の小中学生の避難行動を調査した群馬大学大学院災害社会工学研究室の片田敏孝教授と金井昌信助教。もちろん津波は小中学校をのみ込み、鵜住居小では3階まで流されてきた自動車が突き刺さっていた。
原則3「率先し避難せよ」
釜石市教委は平成17年から片田教授らとともに防災教育に取り組んでいたが、翌年の千島列島沖地震の際には避難率は10%未満だった。このため、片田教授は子供たちにも登下校時の避難計画も立てさせた。津波の脅威を学ぶための授業も増やし、年間5〜10数時間をあてた。そして、「避難3原則」を徹底してたたき込んだ。(今回の大津波で児童が校舎3階から校庭に駆け出して高台に向かったこと、中学生が率先避難者となって小学生を導いたことなどすべてが「避難3原則」にあてはまる。市内では、すでに7割の児童が下校していた釜石小学校(児童184人)もあったが、全員が無事だった。祖母と自宅にいた児童は、祖母を介助しながら避難▽指定避難所の公園にいた児童は津波の勢いの強さをみてさらに高台に避難するなど、ここでも「避難3原則」が生かされていた。 |
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3、巨大地震発生!目から鱗の防災新常識 |
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震度6強地震発生! その時あなたは? 阪神淡路大 震災では「着の身着のまま」で逃げた人が助かっている。微かな揺れでも訓練と思って行動をする習慣をつける。 |
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耐震とは、建物は揺れても壊れないが、設備は壊れることを知っておくべし。 |
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地震イコール机の下ではなく、小さな揺れ(P波)でも安全ゾーンへ(我が家・職場・学校のどこが安全か事前に検討) |
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安全ゾーンとは「転落・落下物の少ない、閉じ込められない場所。(マンションなどでは地震によりドアーが変形し、開かなくなる恐れがあるためドアーを開ける) |
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我が家の安全対策と非常用備蓄用品(食料は3〜7間)、大きな音が出る「命の笛」0467−87−4012)、地震直後は火気厳禁、(ローソクの火で引火の危険) |
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「近助の精神」で自主(守)防災 |
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(1) |
自助・共助プラス「近助の精神」 |
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自主防災組織の中に防災隣組(安否確認チーム)の結成を急げ。 |
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必死で店を開いたコンビニ(阪神淡路大震災では多くのコンビニが店を開き防犯の役目も果たした。 |
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被災地の「ちょっといい話」宮古市のラーメン無料提供。 |
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「3.11」で帰宅困難者達が出会った「助ける人たち」パン・コーヒーの無料提供。 |
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逃げる防災から、闘う防災に。 |
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津波てんでんこ、命てんでんこの事実 |
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繰り返し津波に襲われてきた町。 |
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どこからでも10分以内で高台避難場所に避難できるようにした。 |
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(3) |
田老堤防(10mスーパー堤防)津波は超えてしまった。町の人に油断があった。 |